私が以前通っていた青山学院大学が運営する「ワークショップデザイナー育成プログラム」では、子供向けと大人向けのワークショップを講座の中で実践します。
その受講生が実施する子供向けのワークショップが開催されるというので、下の娘(小学1年生)を連れて参加することにしました。
娘はワークショップのチラシを見ながら飛び跳ねるほど、参加することを楽しみにしていました。
娘の顔から笑顔が消える
当日も朝から娘はルンルン気分です。まるでデートをするかのように娘とふたりでバスと電車を乗り継ぎ、会場となる小学校に向かいました。
そんな娘の様子に異変が訪れたのは、小学校の門の前に来た時でした。ちょうどその時、同じワークショップに参加する女の子(1〜2年生くらい)が一人でやって来て、話しかけてきたのです。
娘はその女の子に返事をすることもなく、それまでの笑顔が急に険しい表情に変わりました。
下の娘は人見知りが激しく、まるで借りてきた猫のように固まってしまい、何もできなくなるという過去があったので少しだけ心配していたのですが、嫌な予感が的中してしまいました。
とうとう泣き出す娘
受付を済ませたら親は子供を預けるようになっていましたが、娘は一歩も動かないので、ワークショップ会場となる部屋の前まで連れて行きました。
それでも娘は私の体に密着したままずっと下を向いて、会場に入ろうとしません。
ちょっと広めの会場には、ワークショップを実践する受講生4名(ファシリテーター)と、参加する小学生が10数名、その他には、メモを片手にワークショップの様子を観察する受講生が約15名、事務局スタッフが数名いました。
知らない大人が沢山いる部屋に一人で入っていくのは、大人でも勇気がいります。
ファシリテーターのひとりがやって来て心配そうに声をかけてくれたのですが、何を言っても娘は聞きません。
パパと一緒じゃないと嫌だといって涙を流す始末です。さすがにファシリテーターの方も困り果てていました。
もし自分がファシリテーターだったら
私は親であると同時に、青学の育成プログラムの修了生でもあります。
人見知りする娘の態度や行動が受講生にとっては、よい経験になるのではないかと勝手に想像している自分に気づきました。
また、もし自分がファシリテーターの立場だったら、どんな風に声かけするだろうかとも考えました。
結局、パパも一緒に部屋に入って、隅の方で見学させてもらうことになりました。
娘は荷物を置いた後、本当に嫌そうな顔をしながら部屋の中央に座っている子供たちのところまで行きました。
そこから私はまるで受講生の一人になったような気分で、ワークショップの様子を観察することになったのです。
無言で訴える娘
ワークショップがスタートすると、4名の受講生がファシリテーターとして一生懸命、場を盛り上げてくれます。
他の小学生はファシリテーターであるお兄さんやお姉さんの呼びかけに声をだすなど反応していましたが、うちの娘だけは心ここに在らずといった感じです。時々、もう帰りたいと訴えるかのように私の方を見てきます。
後で分かったのですが、ワークショップに参加していた小学生は学年やクラスはバラバラですが、ほとんどその小学校の生徒だったようです。
アイスブレイクが効かない
最初のワークは、全員が立っていろんな人とじゃんけんをするというものです。早く3回勝った人から座っていくというルールでした。
ゲームが始まると、他の子供たちはどんどん相手を見つけてじゃんけんを繰り返し、あっという間に半数近くの子がしゃがんでしまいました。
娘はというと、積極的に相手を見つけようとしないので、なかなかじゃんけんができません。ファシリテーターの方が見かねてじゃんけんをしてくれましたが、1回しか勝つことができずに最後まで残ってしまったのです。
会場にいる全員が注目する中、最後に残った男の子とふたりで立ちっぱなしです。その時、娘はどんな気分だったのでしょう。
その男の子とじゃんけんをした結果、運よく勝ったので座ることはできましたが、娘の顔は無表情のままでした。
娘は相変わらず無表情
次のワークは、娘も楽しみにしていた「3枚のカードでおしばいをつくろう!」です。
ここから3つのチームに分かれてのグループワーク。娘は低学年で構成されたチームになったようです。
各チームに言葉が書かれた1枚のカードが手渡されます。他のチームには内緒で相談してお芝居で発表するというのがルールです。各チームにはファシリテーターが1名入ってチームをガイドしてくれます。
チームでの相談が始まっても、娘は相変わらず無表情のままでチームの会話にもあまり入れていない様子でした。
「F2LOモデル」で捉える
青学の育成プログラムでは、ワークショップにおける学びの出来事を捉えるための最小単位として「F2LO(エフツーエルオー)モデル」と呼ばれるものを習います。
参考:まなびほぐしのデザイン
「F」はファシリテーター、「L」はラーナー(参加者もしくは学び手)です。「O」はオブジェクトで、表現のためのメディアや課題、プラン、作品そのものを表しています。ここで、「F」はふたりの「L」の媒介者であることが前提です。
この時のチームの様子をこのモデルで表現すると、どうなるか試しに考えて見ると面白いですね。
これは想像ですが、担当のファシリテーターの方は娘のことを気にしつつも、どうしてよいか分からない、あるいは様子を見ているようにも見えました。
発表タイムは突然やってくる
そうこうしているうちに、発表の時間になりました。しかも娘のチームの女の子が一番に手を挙げたため、最初に発表することになったのです。
チームメンバーが前に出る中、娘は座っている場所から一歩も動きません。無表情のまま完全に固まっていました。
私はやっぱりダメかぁと思うと同時に、ワークショップに連れて来たのは失敗だったかなぁとも思いました。娘の性格からすると、この経験がトラウマになって、次からこういうイベントに誘っても「行きたくない」って言いそうだと思ったのです。
一方、他の子供たちは娘のチームに限らず、自分たちで考えたお芝居を楽しみながら発表していました。
メインのファシリテーター役の男性は盛り上げ上手で、子供たちの名前を一人ひとり呼びながら丁寧に、やったことを振り返ってあげていました。
3枚のカードでおしばいをつくる
発表が終わると、メインのファシリテーターから次のお題(カード)が出され、作ったお芝居に新しい要素を加えるように指示されます。
さらに3枚目のカードが配られ、カードに書かれたセリフをお芝居の中に入れなければいけません。
こうして合計3枚のカードを使って、お芝居を考えるというのが今回のワークショップにおけるメインの課題でした。
ちなみに今回ワークショップを実践していたのは青学の育成プログラムの第24期生です。私は第12期の修了生ですが、講座の内容は大きく進化しているそうです。
どこまでの内容が講座の中で決められているのか分かりませんが、おそらく、「参加者が3枚のカードを使ってお芝居を作るワークショップをデザインする」というのが講座で共通の課題なのではないかと思います。
講座の中では、受講生たちも同じワークを一度体験しているはずです。ワークショップを体験する、実践する、観察するという3つの立ち位置を経験しながらワークショップについての学びを深めていくのが同プログラムの特徴です。
娘の様子に徐々に変化が
2回目の発表に備えて各チームで相談が始まりました。娘の様子を見ていると、先ほどとはちょっと様子が違いました。
パパの方を見る回数がぐっと減り、メンバーの顔を見ながら笑ったり、手や身体を動かして徐々に会話に参加しているように見えました。
遠くから見る限り積極的に発言しているようには見えなかったのですが、明らかに「F2LOモデル」のカタチが変化していました。
そして迎えた最終発表タイム。他の子供たちのパパやママも部屋に入って来ました。
今度は他の2チームの発表が先に終わり、娘のチームが最後に発表することになりました。
楽しそうに演じる娘
私の中でちょっとした緊張が走りました。ファシリテーターのみなさんや観察していた受講生のみなさんもうちの娘の行動に注目していたのではないでしょうか。
場づくりの専門家を目指す受講生にとっては自分たちの成果が問われる瞬間でもあったはず。
さらに言えば、娘のチームを担当していたファシリテーターはその時どんな思いだったでしょうか。そんな風に様々な考えが頭をよぎりました。
娘のチームのメンバーが、さっと前の方に出て行きます。そして、その中に娘の姿もありました。
チームメンバーのみんなと一緒に楽しそうに演技をしている娘をみて、ちょっと胸が熱くなりました。
演技を終えた娘の顔は晴れ晴れとして、とても嬉しそうに見えました。発表が終わってからも、パパの方を見ることはほとんどなく、たった1時間半のワークショップでしたが、娘の成長を見ることができました。
学習における3つの学習観
青学の育成プログラムではワークショップを次のように定義しています。
コミュニティ形成(仲間づくり)のための他者理解と合意形成のエクササイズ(練習)
また、ワークショップを学習として捉えた時、教科の授業との違いを学習観の違いとして学びます。
一番大きな違いは、学習の前後でたとえ知識が獲得されていなくても、学習として成立するという考え方です。
私は教育分野の専門家ではありませんが、3つの学習観があることを学びました。わかりやすく言えば
- できる
- わかる
- 分かち合う
というもの。ワークショップを通じた学習は3番目の「分かち合う」に相当します。この「分かち合う」の学習ではその言葉が意味するように必ず他者を必要とします。
共同体への参加が前提であり、他者との相互作用を通じて、意味を生成していくのがこの「分かち合う」という学習です。
これは「参加型の学習」といわれ「経験の質」が評価されることになります。
一方、「できる」「わかる」といった従来の教科の授業は「(知識)獲得型の学習」といわれ、その評価は「獲得した量」で測られます。
つまり学習としてのワークショップは、参加者の協働的な場面や交流を場面でのエピソードとして捉えて評価することになります。
「体験の質」を評価する
今回のワークショップの場合、うちの娘の行動や態度、感情の変化を時間軸上に書き、各場面で起きていたこと(ファシリテーターや他の参加者の行動や言動など)を詳細にプロットしていくことで、ワークショップの「経験の質」を評価できるといえば理解しやすいのではないでしょうか。
部屋の中には受講生約15名がワークショップの様子を観察していたと冒頭に書きましたが、彼らはそのようなことを観察し記録しています。
私たち参加者が会場を去った後で、ファシリテーター役を担当した受講生たちと一緒にリフレクション(振り返り)をしていたことでしょう。
子供向けワークショップは難しい
私も青学の育成プログラムに通っていた時に、子供向けのワークショップを実践しました。
大人向けとは異なり子供たちの行動を事前にまったく予想できなかったのを覚えています。
アイスブレイクにレゴブロックを使ったら、参加した子供の一人がレゴに夢中になってしまい、ワークショップが終了するまでずっとレゴで遊んでしまったなんてチームもありました。
私の娘のようなケースも、子供慣れしていないファシリテーターだったらどうしていいか分かりませんよね。
小学生向けのワークショップの場合、参加する子供たちの学年がバラバラのケースが多く、そのため子供たちの能力差がワークショップのデザインやファシリテーションにとても影響するのです。
ワークショップの本質とは
「F2L0モデル」でいうと、「F」が「L」や「O」に近づいたり離れたりしながら、「F」がたとえいなくても(離脱する)、「L」同士が「O」についてコミュニケーション(意味を生成)する状況を作り出していくのが、青学の育成プログラムが目指しているワークショップデザイナーの姿です。
今回参加したワークショップで、娘は最後にステージに立つことはできました。しかしながら、「F」がいなくても、娘が「O(おしばい)」について他の「L」たちとコミュニケーションして、作り上げていたかどうかまでは私のいた場所からは分かりませんでした。
私が青学の育成プログラムで子供向けのワークショップを実践した時、そこまで場づくりができていたチームはほとんどありませんでした。
当時は、ファシリテーターがチームに介入して子供たちをワークに集中させ、コミュニケーションをサポートするのが精一杯でしたし、ワークショップの本質に対する理解も浅かったのです。
小学生向けのワークショップにおける「体験の質」を上げることの難しさを学びました。
親の勝手な思い込みに気づく
今回のイベントへの参加を通じて、親としてはちょっと反省させられました。
それは、昨日までできなかったから、今日もできないという勝手な思い込みで子供を見ている自分に気づいたことです。
「いつも子供を怒っていると、怒られる子に育つ」と常々気をつけてはいるのですが、今回の件も全く同じことが言えるなぁと思いました。
ワークショップの途中で、娘を連れてきたのは失敗だったかもと書きましたが、そういった考えこそが娘の可能性に知らず知らずのうちにフタをしているのかもしれません。
子供の可能性をどこまで信じられるか
多くの場合、たった一回の出来事というのは子供にとっては大したことではなく、子供と毎日接している「親(あるいは周囲の大人)の視点」の持ち方のほうが子供に対する影響力は大きいのではないでしょうか。
今回のワークショップでは、他者(ファシリテーターの皆さん)の力を借りることで、娘が本来もっている可能性の扉がひとつ開かれたのだと思います。
そのまま放っておけば自動ドアのようにまた閉じてしまいます。せっかく開かれた可能性をどうやって子供と一緒に広げていけるかはこれからです。
私にとってはそんな風に考えさせられた一日でした。
娘がステージに立った理由
家に帰ってから娘に、2回目(最後)の発表はどうして前に出て行ったのか聞いてみました。
その答えは、「たのしそうだったから」
なるほどと思いました。考えてみれば1回目の発表は娘のチームが1番だったということ、2回目は最後だったという偶然の結果によるところもあったのかも知れません。
みんなが楽しそうに演技をしているのをみて、娘もやってみたくなったのでしょう。
安心・安全の場づくり
でも忘れてはいけないのが、ファシリテーター4名が作り上げてくれた「場の空気」です。ワークショップの世界ではよく「安心・安全な場づくり」が大切だと教わります。
アイスブレイクではこの先どうなるかとちょっとヒヤヒヤした一幕もありましたが、その後もワークショップの基盤となる「安心・安全な場づくり」が徹底されていたから、娘も前に出て行けたのだと思います。
ファシリテーター4名の中には演劇関係の方が多かったようです。子供たちを取り囲む場全体を声と笑いで包み込む感じがとても上手でしたし、ワークショップの開始から終始徹底されていたように思います。
そんな彼らを見て、自分も講座で学んだことを思い出しました。
最後に
娘にもう一つ、ジャンケンで最後まで残ってしまった時、どんな気持ちだったか聞いて見ました。
「やっベーってかんじ」と笑顔で答える娘。
いつもは大声で叫んだり、笑ったり、走り回ったり、踊ったり、いつも笑わせてくれるお笑い系女子なんです。
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